生きることについて

常に背後に死の気配を感じて生きてきたせいか、理想的な死に方についてよく考える。
誰もが一度は考えた事があるはずだ。病気ならぽっくり逝きたいとか、自殺するなら飛び降りがいいとか。

私の理想の死に方はこうだ。
まず宇宙船でISS(国際宇宙ステーション)に行く。地球の美しさや戦争の虚しさを考えながらしばらく宇宙生活を満喫する。そして時が来たら意を決してハッチをこじ開け宇宙空間にダイブするんだ、絶対零度のチリになるんだ。
ようは壮大な自殺、大迷惑だ。ISSが頭上に通るのを目視できるとき、見上げてはそんなことに思いをはせている。

本気でそう望んでいるけど、どうやらそれは叶いそうもないと最近薄々気づきはじめた。
宇宙旅行時代が来たとはいえ庶民には手が届かない金額だし、ISSに一般人は連れて行ってくれない。たぶん。
この死に方で死ねない以上、あまり魅力的な自殺は思い描けない。だから生きることにする。

私は過去に何度か死のうとしたことがある。
最初は小学6年生のころ、いわゆるイジメだ。
女子のいじめは無視や上履き隠しといった第十五使徒による精神攻撃が主だ。
あの手この手でエスカレートしていくイジメバリエーションの中、最もつらい記憶がこれだ。
体育の時間、体操着に着替え授業を終えて教室に戻ると、机に畳んで置いてあった衣服がすべて黒板に貼りつけられていた。衣服にはチョークで落書きをされた。他の生徒たちがクスクス笑いながら遠巻きにそれを見ている。私は黒板から自分の服を取り外し落書きだらけのままのそれらを着て無言で教室を出た。声をかけてくれる人はいなかった。

住んでいた集合住宅の屋上に行き、飛び降りようと思った。いじめが続いている間、何度も屋上に上った。
なぜ飛び降りなかったのか、飛び降りようとするたびこう思ったからだ。

「あともう一日生きてみよう」

死んだ方が楽なことっていうのは世の中に沢山あると思う。ひとの苦しみは相対的に計れない。同じことが起こっても人によって感じ方は様々だ。
「あの人はあんなに頑張っているのに」とか「なぜそんな事で」という問いは無意味だ。その人の心の中はその人にしかわからないのだから。
だけど私は「あと一日生きる」を繰り返したおかげで、いつのまにかイジメ地獄から抜け出していた。

数年前、祖父が亡くなった。98歳だった。年齢だけ見れば大往生だ。同居していた伯母夫妻に介護をまかせきりで、私は年一回程度の見舞いのみで申し訳ないことをしたと思っている。
その祖父が介護を受けつつもまだまだ言葉もしっかりしていたころ、毎年恒例の訪問時期に私がインフルエンザに罹ったことがあった。当然祖父訪問は取りやめ、後日改めてということになる。そして二ヶ月後、訪問の打診をすると「まだウィルスが残っているかも」という理由で祖父から面会拒否された。

そのとき、死への恐怖に年齢は関係ない、その人の資質に起因すると悟った。

闘病経験を公表して良かったと心から思っている。いつかは向き合わなきゃいけない問題だった。
一方で、解放されたいと思って始めたことなのに解放されるどころかどんどん落ち込んでしまって、相変わらず自己評価は上がらなくて結構辛い。
医者からも家族からも理解されず子供のころのいい思い出なんて一つも思い出せなくて、やっぱりあの時死んでいればよかったとふとした瞬間に思ってしまう。

けれども、餃子はいつ食べても美味しいし友達とくだらない話で爆笑もする、熱中できる趣味もいくつか得た。趣味というのは、辛い出来事に嬉しい楽しいレイヤーがふわりとかかる魔法の布だ。
そして何より私にはアートがあった。あちこち寄り道はしたけれど、美術の道をやめようと思ったことは一度もない。これが圧倒的に生きる意味となっている。
私が死んだらたった一枚だけでいい、この世に自分の絵が残ってほしい。

生への執着はない、だが生かされている限りやりたいことは臆せずやりきり、チャレンジと失敗を繰り返しながら死へと向かっていくのが私の人生なのだ。