人は生まれる時代を選べない。

人は生まれる時代を選べない。

銀座や日本橋といった観光客が多い場所に頻繁に行くためか、人に道を尋ねられることが多い気がする。
人間観察が好きでのんびりキョロキョロしながら歩いているせいもあるかもしれない。

3年くらい前の話になる。
私の住む街は東京から20分程度のベッドタウン、駅前はそこそこ栄えている。
昼頃駅前を歩いていると、困り顔をした7~80代くらいの身なりの整った女性が目に入った。
ジーっと見ながら近づいていくと目が合い、道を尋ねられた。

「駅にはどう行ったらいいですか?」

目の前に見えるのが駅なんだけど、大抵こういう時は説明するより連れて行ってあげたほうが話が早い。駅まで案内することにした。

改札につくころになると今度は、「百貨店はどこかしら?」と言い出した。
どうやら馴染みのお店でお昼ご飯を食べたかったようだ。お店の名前を聞いても「さあ、なんだったかしら」というもんだから一緒に探してあげることにする。
すると「ご一緒にお昼をいかがですか、御礼にご馳走しますので」と仰るので、見知らぬ女性と百貨店でお昼を食べることに。そこで90分ほど、その方の身の上話を伺った。

Aさんは当時84歳。ご健在であれば今は87歳ということになる。
娘家族が住むマンションの別階に一人暮らしだそうだ。
生まれは福島県の裕福な家庭。
子供のころに飲んだ井戸水が原因で赤痢になり、そのとき献身的に看病してくれた母親が疫痢になって死んでしまったこと、自分のせいで亡くなってしまったことを申し訳なく思っていること。
父の後妻に反発して叔母の家を転々としたこと。
戦時中住んでた福島市は大きな教会があり、外国人が多く避難していたため空襲にあわなかったこと、隣の郡山市はたくさん空襲があって、女工として働いていた上級生がずいぶん亡くなったこと。
結婚6年半で長女を授かったこと、亡くなったご主人の写真をいまでもお財布に入れて持ち歩いていること、そのご主人が黄綬褒章を受章し天皇陛下にお目にかかったこと。
ほぼ彼女の人生を丸ごと聞いたと思う。最後に女性はこう言った。

「私ね、働いたことが無いんですよ」

お嬢様育ちで働いたことがなく、それを引け目に感じておられるようだった。
娘さんには無駄遣いについて頻繁に怒られていると言っていた。「世間知らず」とレッテルを張られ色々な言葉を浴びせられ、悔しい思いもたくさんしてきたようだ。
でもそれは彼女の責任だろうか。
もし30年遅く生まれていたら全然違った人生だったはずだ。

人は生まれる時代を選べない。「昔はよかった」なんて幻想だ。
言葉を発する人に引っ張られながら世の中は少しずつ変化していく、その繰り返しである。